自我変容

<私(Je)私(Je)私> は(est)は(est)は 一個(un)一個(un)一個 の 他者(autre)他者(autre)他者 なのです

この一文句を書いたのは、 詩人アルテュール(Arthur)・( )ランボー(Rimbaud)アルテュール・ランボー(Arthur Rimbaud)アルテュール・ランボー (新しいタブで開きます)です。

「フランス的思考」という本の中、井石洋二郎氏がある解釈を提供しています。

『 «  Je  » est un autre 』

という一文である。

ランボー(Rimbaud)ランボー(Rimbaud)ランボー は続けて

木材がヴァイオリンになったとしてもしかたのないことです。

と述べているので、

この文は第一義的には

自分はもはやこれまでの自分ではない、自分はまったくの別人として生まれ変わった

という意味に解釈できるが、それだけのことであるならば、ここは通常の文法に従って «  Je suis un autre  » といえば済むところであろう。

しかし、彼は «  Je  » という主語に «  est  » という三人称単数形の動詞を接続させることで、あえて「私」を対象化してみせたのであり、このことの意味を 等(とう)閑(かん)視(し)等閑視(とうかんし)等閑視 するわけにはいかない。

この発想は明らかに、デカルト的な近代自我を根源的な問い直しに付すものである。

というのも、

<私(Je)私(Je)私> は(est)は(est)は 一個(un)一個(un)一個 の 他者(autre)他者(autre)他者 なのです

から。

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