一般に知られている翻訳に不満がありましたので、よりフランス語本文に忠実に改めて翻訳しました。
比較しやすいように、本文と上・下対照的に並べて、註釈を加え新しく翻訳に当たっての自分の選択を説明しています。

ラ・マルセイエーズ、新訳

原稿文


1 Allons enfants de la Patrie,

2 Le jour de gloire est arrivé !

3 Contre nous de la tyrannie,

4 L'étendard sanglant est levé,

5 L'étendard sanglant est levé !


6 Entendez-vous dans les campagnes

7 Mugir ces féroces soldats ?

8 Ils viennent jusque dans nos bras

9 Égorger nos fils, nos compagnes !


10 Aux armes, citoyens,

11 Formez vos bataillons,

12 Marchons, marchons !

13 Qu'un sang impur

14 Abreuve nos sillons !

翻訳

1 行こう、祖国の子らよ、
2 栄光の日が来た
3 我らに対す(せん)(しゅ)政治
4 血まみれの旗が掲げられた、
5 血まみれの旗が掲げられた!

6 聞こえるか我らの田舎で
7 このむごたらしい兵どもが(ほう)(こう)するのを?
8 奴らは我らの元にまで来て
9 我らの子妻の喉を()切りに

10 武器を取れ市民らよ
11 隊伍(たいご)を組め
12 歩こう、歩こう!
13 不純な血が
14 我らの(うね)潤すように!



第一変更・僭主政治

3 Contre nous de la tyrannie, フランス語本文
我らに向かって暴君の ウィキペディア訳
我らに対す(せん)(しゅ)政治 フランソワ・ヴィディ訳


Contre nous の「contre」は「向かう」にならず「contre」が「対立」の意を示すことから「対す」に。

de la tyrannie, の「,」は次の文節との関係を示し、勝手に「の」の関係を付けることは出来ません。
tyrannie に「暴君」という訳を当てるのは、短絡的すぎるので、ここは革命期のローマ共和政の模範的道徳思想への愛着を含む「(せん)(しゅ)政治」に。


第二変更・我らの田舎で

6 Entendez-vous dans les campagnes フランス語本文
聞こえるか戦場の ウィキペディア訳
聞こえるか、我らの田舎で フランソワ・ヴィディ訳


dans les campagnes の「campagnes」、「戦場」にならず、「田舎」の意を示すことから、田舎」に。
但し、「campagnes」は複数形である意で、一般の田舎ではなく「田舎それぞれ」と見なさなければなりません。
その上、祖国がある敵に侵入されている場面で「我らの田舎で」としました。


第三変更・むごたらしい・咆哮するのを

7 Mugir ces féroces soldats ? フランス語本文
残忍な敵兵の咆哮を? ウィキペディア訳
このむごたらしい兵どもが(ほう)(こう)するのを? フランソワ・ヴィディ訳


Mugir は動詞であるので、ここでは、聞こえているのはただの「(ほう)(こう)」ではなく、大勢の兵士たちがやって来ている動きでもありますので「咆哮を聞こえる」では、少し物足りない感じがするので、より動的な感じを出して「咆哮するのを?」にしました。
féroces の意は「残忍」になりません。「féroces」が「当たったら、怖い」との意に過ぎませんので「むごたらしい」にしました。
また、指示代名詞の ces もあって、複数を強調していますから「兵」に語尾「ども」を付け加えました。


第四変更・我らの元にまで来て

8 Ils viennent jusque dans nos bras フランス語本文
奴らは我らの元に来て ウィキペディア訳
奴らは我らの元にまで来て フランソワ・ヴィディ訳


jusque dans nos bras は直訳すると「我らの腕元にまで」となります。
そこまでにすると日本語ではちょっと変だとなってしまいますので、そのまま「まで」の意が含まれている jusque を無視せずに「我らの元にまで来て」に。


第五変更・掻き切りに

9 Égorger nos fils, nos compagnes ! フランス語本文
我らの子と妻の喉を搔き切る! ウィキペディア訳
我らの子、妻の喉を()き切りに! フランソワ・ヴィディ訳


Égorger は前の文節(8)の「viennent」と関係していますので、このままだと「兵士たちは来て」から、その後、「搔き切る」のままでは合いませんので「掻き切りに」にしました。


第六変更・隊伍

11 Formez vos bataillons, フランス語本文
隊列を組め ウィキペディア訳
隊伍(たいご)を組め フランソワ・ヴィディ訳


bataillons は古代ローマの語彙であって、ただ「隊列」を組むではなりませんので「隊伍(たいご)」にしました。
ここでは僭主(せんしゅ)政治に対してローマの理想が密かに言葉に働いてると思われる。


第七変更・歩こう!

12 Marchons, marchons ! フランス語本文
進もう、進もう! ウィキペディア訳
歩こう、歩こう! フランソワ・ヴィディ訳


Marchons は marcher との動詞であって「歩く」との意ですので、ここでは「進む」にまで訳す訳はないと見て「歩こう」にしました。ここでは、特にウィキペディアの訳を評価出来なくなってしまうところとなります。


第八変更・不純な

12 Qu'un sang impur フランス語本文
汚れた血が ウィキペディア訳
不純な血が フランソワ・ヴィディ訳


impur は「Im」という接頭語で「不」と「pur」という語幹で「純」で「不純」の意が示されています。ここでは、何に対して不純なのかということになると、その上に置いてある「(せん)(しゅ)政治」に対してだとなります。「汚れた」としますと敵対関係が強調されますが、敵だから不純ではなく、政治形態が不自然だから敵対関係になっているとの意に「不純な」にしました。


第九変更・潤すように!

14 Abreuve nos sillons ! フランス語本文
我らの畑の畝を満たすまで! ウィキペディア訳
我らの(うね)潤すように! フランソワ・ヴィディ訳


Abreuve は「満たす」にならず「潤す」の意を示すことから「潤す」に。
その上、前の文節(13)との関係で、Que が仮定法の形を示していることから「まで」ととても訳せられにくく「潤すように!」にしました。
「我らの畑の畝を」と訳された「nos sillons」には「畑の」が無いため「我らの(うね)」に直しました。
ここでは、革命の視点から、(せん)(しゅ)政治が人間の自然状態を反することで「祖国の子」として、または自由の「市民」として許すことが出来はしません。



ウィキペディア翻訳

1 行こう、祖国の子らよ、
2 栄光の日が来た、
3 我らに向かって暴君の
4 血まみれの旗が掲げられた、
5 血まみれの旗が掲げられた!

6 聞こえるか戦場の
7 残忍な敵兵の咆哮を?
8 奴らは我らの元に来て
9 我らの子と妻の喉を搔き切る!

10 武器を取れ市民らよ!
11 隊列を組め
12 進もう、進もう!
13 汚れた血が
14 我らの畑の畝を満たすまで!




引用:
(La)()マルセイエーズ(Marseillaise)」 、ウィキペディア(2017年11月17日)。
新訳:
独自
(文書の御使用は「フランソワ(François)()ヴィディ(VIDIT) 訳」(リンクを含む)追加で可能としている)。

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