女大学
わたしたちが今日ふつう「女大学」と呼んでいるのは、この書の本文を受けついで編まれた教順書類である。
概要
女大学とは?
具体的に、、大阪の柏原清右衛門と江戸の小川彦九郎とが合梓した教順書の題名に当たります。
最古の版本は、「女大学宝箱」と言われています。
江戸中期から明治期いたるまで幅広く支持された女子教訓書。
しかし、「女大学」という一般的に言われている内容になると、女として夫と家を支え、慎みを忘れずに女の道を極めよという倫理観のもと、親および舅・姑に対する孝、洗濯、裁縫等の家事労働、結納・結婚・出産・子育て、三味線などのお稽古、身だしなみのことなど多岐に渡ることをさすことになります。
著者と歴史
貝原益軒の「和俗童子訓 」のなかの第五巻「教女子法」に依拠するが、著者を益軒とする確証はありません。
「女大学宝箱」だけでも明治初年までに11版を重ねましたが、18世紀後半以降になると、挿絵や頭書きを改めて「女大学」を冠した多様な改定本、「女大学教文庫」、「女大学操鑑」といった類が数多く刊行されました。
貝原益軒著「女子を教ゆる法」、そのなかでも第十条(七去の法)・第十六条(嫁する娘に親が説き聞かすべき十三ヵ条)を下敷きにして、婦徳を中心に十九ヵ条の教訓文にしたてている点に特徴がみられる。
結果として、「女子を教ゆる法」、に採られていた男女の価値平等観は捨象され、斉家と婦人自身の保全を目的とし、女性の心得を家庭生活内に限定して説き、具体的な作法や躾、技能や教養におよばず、もっぱら心がまえを力説したものとなっている。
女の道とは?
「 女の道 」、「夫に仕ふる道」のこと。婦人の道ともいう。いわゆる、夫に従う道であり、
「一度嫁いりしては、其の家を出でざるを女の道とすること、古聖人の訓えなり、若し女の道にそむき、去らるる時は、一生の恥なり」 (「女大学宝箱」)、 「都て婦人の道は和らぎ従うにあり、夫に対するに顔色、言葉づかい、慇懃に謙り遜譲べし、不忍して不順なるべからず、奢り驕りて無礼なるべからず、是れ女子の第一なる努めなり」(「新撰増補女子大学」)と記されているように、女=婦人は、結婚した女性をさしている。
それ故に、「貞操は女の道の第一なり」
として、 「貞操」を守ることが第一とされた。
江戸時代を通じて膳行者を表彰した孝義伝が各地でつくられているが、そこに収められている女性の表彰事由についてみると、「女の道」を守ったことによって表彰されている事例が少なくない。
「貞操」をはじめとする右に引用したような内容を含んだ「女の道」を守ることが模範的女性であるとされたのであった。
だから、貞操・貞節でない女性は「夫に仕える道」すなわち「女の道」を踏み外したものであり、「不貞者」として批判された。
いずれにしても家制度保持のためのものであり、「女の道」は一方的に女性に課せられたくびきであった。
一夫一妻の枠組みのなかで、「貞操」を守らなくてはならないのは女のみであり、男には適応されなかったのが江戸時代であった。
したがって「女の道」から外れた「不貞」は女にだけ適応する言葉である。
女大学宝箱
男女の別を正しくして、女子は独自の徳を身につけなければいけない。⭣
七去の法。⭣
生家の親より、しゅうと・しゅうとめに孝養をつくすべきである。⭣
夫にたいするいさめかた。⭣
従順の徳をかたく身につけよ。⭣
夫れ、女子は成長して他人の家へ行き、舅・姑、に仕ゆるものなれば、男子よりも、親の教えゆるがせにすべがらず。
父母寵愛して恣に育てぬれば、夫の家に行きて、必ず気随(わがまま)にて疎まれ、又は舅の誨え正しければ堪え難く思い、舅を恨み誹り、中悪しくなりて終には追い出だされ、恥を曝す。
女子の父母、我が順えなき事を謂わずして、舅・夫の悪しきと而己思うは誤りなり。
是れ皆、女子の親のおしえなき故なり。 ↑
女は容よりも心の滕れるを善しとすべし。
心緒無美女は、心騒がしく、眼恐ろしく見だして人を怒り、言葉訇らかに物をいい、さがなく口諬きて(下品な口をきいて)人に先立ち、人を恨み嫉み、我が身に誇り、人を謗り笑い、われ人に滕り皃なるはみな女の道に違えるなり。
女は唯、和らぎ順いて貞信に(心正しく操を守って)、情深く静かなるを淑とす。 ↑
女子は、稚き時より、男女の別ちを正しくして、仮初にも戯れたることをを見聞かしむべからず。
古の『礼』に、
「男女は席を同じくせず。衣裳をも同じ処に置かず。おなじ所にて浴せず。物を請け取りわたすことも、手より手へ直せず。夜行くときは、必ず燭を燈してゆくべし。他人はいうに及ばず、夫婦・兄弟にても、別を正しくすべし」
となり。
今時の民家は、此様の法を知らずして、行規を乱りにして名を穢し、親兄弟に辱をあたえ、一生身を空にする者あり。口惜しき事にあらずや。
「女は、父母の命媒妁とに非ざれば、交わらず親しまず」
と、『小学』にも見えたり。
仮令命を失うとも、心を金石のごとくに堅くして、義を守るべし。 ↑
婦人は夫の家をわが家とする故に、唐土には、嫁いりを「帰る」という。我が家にかえるという事なり。
縦夫の家貧賤なりとも、夫を怨むべからず。
天よりわれにあたえ給える家の貧しきは、我が仕合せの凶しき故なりともおもい、一度嫁いりしては其の家を出ざるを女の道とすること、古、聖人の訓えまり。
若し女の道にそむき、去らるる時は、一生の恥なり。されば婦人に七去として、悪しきこと七つあり。
一には、嫜に順わざる女は去るべし。
二には、孑なき女は去るべし。
是れ妻を娶るは子孫相続の為なれば也。然れ共、婦人の心正しく行儀よくして妬むこころなくば、さらずとも同姓の子を養うべし。或は妾に子あらば、妻に子なく共、去るに及ばず。
三には、淫乱なればさる。
四には、悋気ふがければさる。
五に、癩病などの悪しき疾有ればさる。
六に、多言にて慎みなく、物いい過ごすは、親類とも中悪しくなり、家みだるるものなれば去るべし。
七には、物を盗む心あるはさる。
此の七去は皆聖人の教えなり。
女は一度嫁いりして其の家を出だされては、仮令ふたたび富貴なる夫に嫁すとも、女の道にたがいて、大いなる辱なり。 ↑
女子は、我が家にありては、わが父母に専ら孝を行なう理なり。
されども、夫の家に行きては、専ら嫜をわが親よりも重んじて厚く愛敬い、孝行を尽くすべし。
親の方を重んじ、舅の方を軽んずることなかれ。
嫜の方の朝夕の見まいを闕べからず。
嫜の方の勤むべき業を怠るべからず。
若し嫜の命あらば、慎み行ないて背くべからず。
万のこと、舅・姑に問うて、其の教えに任すべし。
舅・姑もし我を憎み誹り給うとも、怒り恨むることなかれ。
孝を尽くして誠をもってつかゆれば、後はかならず中好くなるもの也。 ↑
婦人は別に主君なし。 夫を主人と思い、敬い慎みて事うべし。軽しめ侮るべからず。総じて婦人の道は、人に従うにあり。
夫に対するに、顔色言葉づかい慇懃に謙り、和順なるべし。不忍(不平をいうこと)にして不順なるべからず。奢りて無礼なるべからず。
これ女子第一勤めなり。
夫の教訓あらば、其の仰せを叛くべからず。
疑わしきことは夫に問うて、その下知に随うべし。
夫問うこと有らば、正しく答うべし。
其の返答疎かなるは、無礼なり。
夫若し腹立て怒るときは、恐れて順うべし。
怒り諍いてその心に逆うべからず。
女は夫をもって天とす。返すも夫に逆らいて天の罰を受けべからず。 ↑
兄公・女公は、夫の兄弟なれば、敬うべし。
夫の親類に謗られ憎まるれば、舅・姑の心に戻きて、我が身の為にも宜しからず。
睦まじくすれば、嫜の心にも協う。又娌を親しみ穆ま敷くすべし。
殊更夫の兄・嫂は、厚くうやまうべし。我が昆・姉と同じくすべし。 ↑
嫉妬の心、努努発すべからず。男淫乱ならば、諫むべし。
妬み甚だしげれば、其の気色・言葉も恐ろ敷く冷まじくして、却って夫に疎まれ見限らる物なり。
苦し夫不義過ち有らば、わが色を和うぎ声を雅らかにして、諫むべし。
諫めを聴かずして怒らば、先ず暫く止めて、後に夫の心和らぎたる時、復諫むべし。
必ず気色を暴くし、こえをいららぎて、夫に逆い叛くことなかれ。 ↑
言語を慎みて多くすべからず。仮にも人を誹り、偽りを云うべからず。
人の謗りを聞くことあらば、心に修めて人に伝え語るべからず。
訕りを云いつたうるより、親類共間悪しくなり、家の内おさまらず。 ↑
女は常に心遣いして、其の身を堅倶謹み護るべし。
朝は早く起き、夜は遅く寝ね、昼はいねずして、いえの内の事に心を用い、織り・縫い・績み・緝ぎ、怠るべからず。
亦茶・酒など多く呑むべからず。
歌舞妓・小歌・浄るりなどの淫れたる事を、見聴くべからず。
宮・寺など都ての人のおおくあつまる処へ、四十歳より内は余りに行くべからず。 ↑
巫・覡などのことに迷いて、神仏を汚し近付き、猥にいのるべからず。
只人間の勤めをよくする時は、禱らずとても、神仏は守り給うべし。 ↑
人の妻と成りては、その家をよく保つべし。妻の行ない悪しく放埓なれば、家を破る。 万事倹やかにして、費えを作すべからず。
衣服・飲食なども、身の分限にしたがい用いて、奢ることなかれ。 ↑
若き時は、音の親類、友達、下部等の若き男には、打ち解けたる物語し、近付くべからず。男女の隔てを固くすべし。
如何なる用有りとも、若き男に文など通わすべからず。 ↑
身の荘りも衣裳の染いろ模様なども、目にたたぬようにすべし。身と衣服との穢れずして潔げなるはよし。
勝れて清らを尽くし、人の目に立つほどなるは悪しし。只わが身に応じたるを用ゆべし。 ↑
我が郷の親の方に私し、夫の方の親類を次にすべからず。正月・節句などにも、まず夫の方を勤めて、次に我親の方をつとむべし。
夫の許さざるには、何方へも行くべからず。私に人に饋りものすべからず。 ↑
女は、我が親の家をば継がず、舅・姑の跡を継ぐゆえに、わが親よりも嫜を大切に思い、孝行を為すべし。
嫁いりしてあとは、わが親の家に行くことも稀なるべし。
増して、他の家へは、大形は使いを遣わして音問をなすべし。
又我が親郷のよきことを侈りて讃めかたるべからず。 ↑
下部余多めしかうとも、万の事自ら辛労を忍えて勤むること女の作法なり。
舅・姑の為に衣を縫い、食を調え、夫に仕えて、衣を畳み、席を掃き、子を育て、汚れを洗い、常に家の内に居て、猥りにそとへ出ずべからず。 ↑
下女をつかうに、心を用ゆべし。云う甲斐なき下﨟は習わし悪しくて智慧なく、心奸敷く、物いうこと祥なし。
夫のこと、舅・姑・姨のなど、我が心に合わぬ事あれば猥りに譏り聞かせて、それを却って君の為と思えり(主人である妻へ忠義づらをしている)。
夫人もし智慧なくしてこれを信じては、必ず恨み出来安し。
元来夫の家はみな他人なれば、恨み叛き恩愛を捨つること安し。
構えて下女の詞を信じて、大切なる嫜・姨の親しみを薄くすべからず。
若し下女勝れて多言しくて悪しき者ならば、早く追い出すべし。
か様の者は、必ず親類の中をも云いさまたげ、家を乱す基いとなるもの也。恐れるべし。又卑しき者を使うには、気に合わざること多し。
それを怒り罵りて止まざれば、約々敷く腹立つこと多くして、家の内静かならず。
悪しき事あらば、折々云い教えて、誤りを直すべし。少しの過ちは、忍えて怒るべからず。
心の内にはあわれみて、外には行規を固く訓めて、怠らぬ様につかうべし。
与え恵むべき事あらば、財を惜しむべからず。
但し、我が気に入りたるとて、用にも立たぬ者に猥りに与うべからず。 ↑
凡そ婦人の心様の悪しき病は、和らぎ順わざると、怒り恨むるよ、人を謗ると、智慧浅きとなり。
此の五つの疾は、十人に七八は必ずあり。
是れ婦人の男に及ばざる所なり。自ら顧み戒めて改め去るべし。中にも智慧の浅きゆえに、五つの疾も発る。
女は陰性なり。陰は夜にて暗し。
所以に、女は男に比ぶるに、愚かにてめの前なる可然ことをも知らず。
又人の誹るべきことをも弁えず。わが夫、我が子の災と成るべき事をも知らず。
科もなきひとを怨み、怒り呪詛、あるいは人を妬みにくみて、わが身独り立たんと思えど、人に憎まれ疎まれて、みな我が身の仇となるいことを知らず、最はかなく浅猿し。子を育つれ共、愛に溺れて習わせ悪しし。斯く愚かなる故に、何事も我が身を謙りて夫に従うべし。
古の法に、
「女子を産めば、三日床の下に臥さしむる」
といえり。
是れも、男は天に仮え、女は地に象るゆえに、万のことにつきても、夫を先立て、我が身を後にし、我がなせる事に能きことありとても、誇る心なく、赤悪しきことありて人に云わるる迚も諍わずして、はやくあわまちをあらため、重ねて人に謂われざるように我が身を敬み、また人に侮られてもはらたら憤ることなく、能く堪えて物をおそれ慎むべし。
如斯心得なば、夫婦も中、おのずから和らぎ、行く末ながく連れそいて、家のうち穏やかなるべし。
右の条々、稚きときより、よく訓ゆべし。又書き付けて、折々読ましめ、忘るることなからしめよ。
今の代の人、女子に衣服道具などおおく与えて婚姻せしむるよりも、此の条々を能くおしゆること、一生身を保つ宝なるべし。
古語に、
「ひとよく百万銭を出して女子を嫁せしむることを知って、十万銭を出して子をおしゆることを知らず」
といえり。
誠なるかな。女子の親たる人、此の理を知らずんばあるべからず。かしく。↑
新女大学
福沢諭吉は「女大学評論」で本書を批判し、「新女大学」を著し、新時代の女子を歩む道を示したことも知られています。
参考文献
石川松太郎編「女大学集」(東洋文庫)、、平凡社。
菅野則子「江戸時代の「家」と女性」(「歴史と地理」四八四)、。