シュヴェルニー城での
ペルセウス
シュヴェルニー城の二階にある王の寝室の天井に、ジャン・モニエ画家が古代ギリシャ神話の英雄ペルセウスの生拝を語るさまざまな絵がある。
そのなか、《ペルセウスとアンドロメダ》も見えている。
この作品の元に、ローマ帝国時代に生きたラテン語で書いた作家のオウィディウス による、一番有名な作品である『変身物語』の第4巻末の絵画と同題章がある。
突然、エチオピアの空を飛んでいたペルセウスは、岩に鎖で付けられたアンドロメダを出会うことから始まるこの物語をお楽しみください!
変身物語の文書においてのペルセウスとアンドロメダ
- 風神アイオロスは、すでに風たちを永劫の獄につないでいた。
- 人びとを一日の仕事へと駆り立てる「明けの明星」が、ひときわ明るく輝いて、高空にのぼった。
- ペルセウスは、翼のついたサンダルを取りあげて、再足に結びつけ、鉤なりの剣を腰につけると、足の翼を動かして、澄みきった大気を分ける。
- 無数の国々が、あたりにひろがって、眼下に置き去りにされて行く。
- やがて、ケペウスが支配するエチオピアの住民と田野とが、視野にはいる。
- ここでは、罪もないアンドロメダが、神アムモンの命令で、不当にも、母親の暴言を償わせられていた。
- 乙女が荒い岩に再腕をつながれているのが、ペルセウスの目にうつった。
- そよ風が乙女の髪の毛をゆり動かし、その目が熱い涙であふれていなかったなら、大理石の像だと思ったことだろう。
- 見るより早く、われ知らず彼の心は燃えあがった。
- 並はずれて美しい姿に呆然として、翼を空中にふり動かすのを忘れそうになったぐらいだ。
- 地上に降り立つとこういった、
-
「おお、そんな鎖にはふさわしくないあなただ。 慕い合う恋人とうしを結び
-
つける、目に見えぬ鎖こそがふさわしいのに。 お願いだ、生国の名と、あなたの名前とを明かしてほしい! それに、どうして鎖につながれていらっしゃるがを!」
- 彼女は、最初は黙っていた。
- うら若い乙女の身で、男に話しかけるのをはばかったからだ。
- もし縛りつけられていなかったなら、純潔な頬を手で覆ったことだろう。
- ただ、湧き出る涙で両の目をいっぱいにした。
- できることは、それしかなかったのだ。
- だが、しきりにうながされると、みずからの不始末を告白したくないのだと思われても困るので、自分の名と国の名を告げ、さらに、母親がどれだけ美貌を鼻にかけていたかを語り聞かせた。
- その話しのすべてが終わらないうちに、海鳴りがとどろいた。
- 怪獣の来襲だ。
- 大海のうえに立ちはだかって、胸で海原を覆っている。
- 乙女は、悲鳴をあげる。
- 悲しげな父親と、母親とが駈け寄る。
- ふたりとも、惨めな思いだが、母親のほうがそうなのは、いっそう当然だ。
- 自分たちではどうしてやれず、涙にがきくれながら、胸を打ちたたき、縛られた娘のからだにしがみついている。
- そのとき、旅がらすのペルセウスがこういった。
-
「ばあいによっては、あなたがたは、いつまでも泣きつづけなければならぬかもしれません。
-
が、娘ごをお助けするのは、いまのこのひと時です。
-
ユピテルを父として、そのユピテルが黄金の雨となってみごもらせた、監禁中のタナエを母として生まれたこのペルセウスー蛇髪のメドゥーサを退治し、翼を動かして、勇ましくも天空を駆けて来たこのペルセウスが、娘ごを所望したなら、きっと、わたしは、誰をも押しのけて花婿にと選ばれるでしょう。
-
が、かくも多くのほまれのうえに、さらにひとつの勲をつけ加えたいと思うのです。
-
もっとも、それには神助が必要でしょう。
-
ともかく、わたしの勇気によって娘ごが救われたなら、娘ごを頂戴するーーこのことで合意しましょう」
- 両親は、この条件を受けいれた。
- 思うに、ここで躊躇する者は誰もいまい。
- ふたりは、ひたすら懇願し、くわえて領国を持参金にしようと約束する。
- 見ると、どうだろう! 快足の船が汗みどろな若者たちの腕で漕ぎ進められ、ヘさきについた働角で波を分けるように、怪獣は、胸をぶっけて波を分けている。
- バレアレスの島民の、名にし負う弩が回転する鉛弾を放ったばあいの、その射程距離くらいの間を置いて、怪獣が巌に近づいたとき、突然若者は足で地を蹴って、空高い雲のなかへ飛びあがった。
- 海原のおもてにその影が映ると、獣は荒しくその影を襲った。
- そして、ユピテルの愛鳥である鷲が、青黒い背に日を浴びている蛇を広野に発見して、背後からつかみかかり、狂暴な敵の牙がうしろへねじむけられはしないように、鱗におおわれた蛇の頸に、血に飢えた爪を突き通すーー
- ちょうどそのように、ペルセウスはまっさかさまに虚空を舞いおりて、唸り声をあげている獣の背を襲い、柄も通れと、剣をその右肩に突き刺した。
- 深傷を負った怪獣は空中高くつっ立ったり、水にもぐったり、あるいは、まわりから犬の群に吠えたてられて恐れをなした獰猛な猪さながらに、あばれ回る。
- ペルセウスは、あるいは、尾が大そう細くなって魚の尻尾のようになっているあたりであれ、むき出しになったところなら、ところがまわずに、
- 鉤なりに曲がった剣で切りつける。 怪獣は、
- 紅の血の混じった潮水をロから吐く。
- そのしぶきで、ペルセウスの翼が濡れて重くなった。
- 水を吸ったこのサンダルを、これ以上あてにすることはできなかったが、ふと見ると、岩がある。
- 波が立たなければ、頭を出しているが、海が騒げば隠れてしまう。
- この岩に石を乗せて、その背の端を左手でつかまえながら、三度、四度と繰り返して、獣の下腹に剣をさし通した。
- 拍手と歓呼が海辺にあふれ、空高い神々の宮居にまでとどいた。
- 母カッシオペと父親ケペウスは大喜びし、婿としてのペルセウスに敬意を表し、彼を、家の頼りであり、救い主であると宣言した。
- この怪獣退治の褒賞であり、その原因でもあった乙女も、鎖を解かれて、進み出る。
- ペルセウスは、勝利をからとったその手を、汲んだ水で洗った。
- そして、蛇髪の頭を固い砂地で傷つけないようにと、葉を敷いて地面を柔らかくして、海草の技を散らてから、そのうえにメドゥーサの首をのせた。
- と、髄に水を含んでまだ生き生きしていた新鮮な枝が、怪女の魔力にかかり、この首に触れたかとおもうと、固くなって、枝の部分も葉の部分も、不思議な硬直のさまを呈した。
- さて、この驚くべき現象について、海の妖精たちが、もっと多くの枝で実験を試みた。
- すると、やはり同じ結果が生じる。
- これに大喜びした彼女たちは、その海草の種子を、いくども波にまきちらした。
- こうして、今もなお、珊瑚にはこの同じ性質が残っている。
- 大気に触れると硬直し、水中では柔らかかった枝が、海から引きあげられると、石のように固くなるのだ。