大トリアノン宮殿le Grand Trianonでの

イリス

ヴェルサイユの大トリアノン宮殿にある、ルネ=アントワーヌ・ウアス、《イリスの近づきに目覚めるモルフェ》絵画
いつも忠実な私の使者〈イリス〉女神よ、〈眠りソムヌス〉の神の眠気を誘う館へと急行してほしい変身物語、第十一巻、583行。
イリス眠りの神

大トリアノン宮殿le Grand Trianonに展示されているルネRené-アントワーヌAntoineウアスHouasseが描いた《イリスIrisの近づきに目覚めるモルフェMorphée》絵画、あるいは《イーリスとモルペウス》ともいうルイ=フィリップの家族の間le Salon de Famille de Louis-Philippeに見られます。

オウィディウスOvidiusが書いた「変身物語Metamorphoseon」において、夫婦ケユクスCeyxアルキュオネAlcyoneの深い愛情が語られている。

ある日、アポロンApollōnの神託を伺うためにクラロスClarosへ赴こうとしたケユクスは「どうか陸路で行ってほしい」という妻の言葉を聞き入れずに船で出かけ、おおに遭って海のくずとなってしまいます。

何も知らないアルキュオネは日夜ユノーJuno女神の神殿で夫の無事な帰還を祈っていましたが、もはや叶えようもない祈りを聞かされ続けるのはユノーにとってもつらいことでした。

見かねた女神は哀れな妻に真実を知らせてやるべく、イリスを呼んでこう命じました。

「眠りの神男ソムヌスSomnusのところへ行き、アルキュオネに亡きケユクスの夢を見せて事の次第を教えてやってくれるよう頼んでちょうだい」

女王の命を受けたイリスが眠りの神であるソムヌスが住む洞窟を訪れていく...

変身物語」の第十一巻の文書においての〈眠りソムヌス〉の洞窟の中に入るイリス

  1. 「いつも忠実な私の使者〈イリス〉女神よ、〈眠りソムヌス〉の神の眠気を誘う館へと急行してほしい。そしてあのアルキュオネに、いまは亡きケユクスの幻を夢に見させて、ことに真相を知らせてほしいのです」
  2. イリス〉女神はあまたの色で飾られたころもを身にまとい、大空に虹のような弧をえがきながら、いいつけられたとおり、雲のしたに隠れた王者の住居ヘ向かうのだ。
  3. キムメリアCimmeriaたちが住んでいるあたりにほど近く、ほらになった山がある。
  4. たいそう奧深い洞窟だが、ここが、らんな〈眠りソムヌス〉の神の住む奥殿だ。
  5. ここには、朝も、夕暮れもおよそ一日のあいだじゅう、日がささない。
  6. 地面からは、雲霧が立ちのぼり、もうろうとした薄明がたちこめている。
  7. ここでは、さかをいただいた鳥も、〈アウロラ〉を呼ぶために鳴くことなく、油断ない番犬たちや、その犬よりも耳ざといちょうの声が静けさを破ることもない。
  8. 野獣も家畜も、風にそよぐ枝も、もの音をたてず、かまびすしい人語も聞こえはない。
  9. ひっそりした静寂が住みついている所だ。
  10. ただ、岩の底から「忘却レーテ」の流れが湧き出していて、河床の小石のうえをさらさらとせせらぐ水のささやきがまどろみを誘っている。
  11. 洞窟の入ロには、たくさんのが咲き、おびただしい草木が花をつけている。
  12. それらの草の乳液から、露に濡れた「夜」が、〈眠りソムヌス〉をあつめ、暗い地上にそれをふりまくのだ。
  13. ちょうつがいの回転で、戸がきしむこともない。
  14. 住居のどこ見ても、一つもない。入るところに番人もいない。
  15. しかし、中央に、黒檀でできた羽毛ぶとんのある黒一色いっしょくな掛布で被われている寝台が置かれている。
  16. そこには、何もしないことで重くなった手足の神が、横になっている。
  17. 彼のまわり、あちらこちらに、いろんな姿振りで、惑わす「夢想」が寝ころがっているが、そのたくさんなことといったら、まるで実った麦の穂が、森の木の枝か、海岸にあるさごの数ほどもあるのだ。
  18. 乙女がここへはいった次第、手で邪魔となっていた夢たちをはらいのけながた、神聖なる住居と神は、女神の衣の輝やきで照はえた。
  19. 眠りソムヌス〉の神は、どろんと重たげな目を辛うじてあげ、何度も何度もうしろヘ倒れかかりながら、こくりこくりするあごのどくびのあたりにぶつけていたが、とうとう目をさますと、かたひじをついて起きあがり、用むきをたずねた。
  20. 女神の姿に気づいたからだ。
  21. 女神はこう語りかけた。
  22. 「万物を憩わせる〈眠りソムヌス〉よ、このうえなくおだやかな神よ、心の安らぎよ!

  23. あなたこそは、悩みを遠ざけ、苦しい仕事に疲れたからだを慰めて、つぎの仕事への備えをさせてくれるのです。

  24. それはそうと、うまくほん物を真似ることのできる夢の幻を、ヘラクレスにゆかりのトラキスまでしていただけませんか。

  25. 難船したケユクス王の姿を借りて、アルキュオネに近づき、そのさまを写し出させてほしいのです。

  26. いっておきますが、これはユノーさまのご命令です。」

  27. ロ上をいい終えると、すぐに〈イリス〉は立ち去った。
  28. これ以上、眠気を我慢することができなかったからだ。
  29. 眠りソムヌス〉が手足に忍びこんで来るのがわかると、急いで逃げ出し、先ほど通って来た虹の橋で、引き返えした。

オウィディウス、変身物語、第十一巻、583行から630行までより