大トリアノン宮殿での
イリス
大トリアノン宮殿に展示されているルネ=アントワーヌ・ウアスが描いた《イリスの近づきに目覚めるモルフェ》絵画、あるいは《イーリスとモルペウス》ともいうがルイ=フィリップの家族の間に見られます。
オウィディウスが書いた「変身物語」において、夫婦ケユクスとアルキュオネの深い愛情が語られている。
ある日、アポロンの神託を伺うためにクラロスへ赴こうとしたケユクスは「どうか陸路で行ってほしい」という妻の言葉を聞き入れずに船で出かけ、大時化に遭って海の藻屑となってしまいます。
何も知らないアルキュオネは日夜ユノー女神の神殿で夫の無事な帰還を祈っていましたが、もはや叶えようもない祈りを聞かされ続けるのはユノーにとってもつらいことでした。
見かねた女神は哀れな妻に真実を知らせてやるべく、イリスを呼んでこう命じました。
「眠りの神男ソムヌスのところへ行き、アルキュオネに亡きケユクスの夢を見せて事の次第を教えてやってくれるよう頼んでちょうだい」
女王の命を受けたイリスが眠りの神であるソムヌスが住む洞窟を訪れていく...
「変身物語」の第十一巻の文書においての〈眠り〉の洞窟の中に入るイリス
- 「いつも忠実な私の使者〈虹〉女神よ、〈眠り〉の神の眠気を誘う館へと急行してほしい。そしてあのアルキュオネに、いまは亡きケユクスの幻を夢に見させて、ことに真相を知らせてほしいのです」
- 〈虹〉女神はあまたの色で飾られた衣を身にまとい、大空に虹のような弧をえがきながら、いいつけられたとおり、雲のしたに隠れた王者の住居ヘ向かうのだ。
- キムメリア人たちが住んでいるあたりにほど近く、洞になった山がある。
- たいそう奧深い洞窟だが、ここが、懶惰な〈眠り〉の神の住む奥殿だ。
- ここには、朝も、夕暮れもおよそ一日のあいだじゅう、日がささない。
- 地面からは、雲霧が立ちのぼり、朦朧とした薄明がたちこめている。
- ここでは、鶏冠をいただいた鳥も、〈曙〉を呼ぶために鳴くことなく、油断ない番犬たちや、その犬よりも耳ざとい鵞鳥の声が静けさを破ることもない。
- 野獣も家畜も、風にそよぐ枝も、もの音をたてず、かまびすしい人語も聞こえはない。
- ひっそりした静寂が住みついている所だ。
- ただ、岩の底から「忘却」の流れが湧き出していて、河床の小石のうえをさらさらとせせらぐ水のささやきがまどろみを誘っている。
- 洞窟の入ロには、たくさんの罌粟が咲き、おびただしい草木が花をつけている。
- それらの草の乳液から、露に濡れた「夜」が、〈眠り〉をあつめ、暗い地上にそれをふりまくのだ。
- 蝶番の回転で、戸がきしむこともない。
- 住居のどこ見ても、一つもない。入るところに番人もいない。
- しかし、中央に、黒檀でできた羽毛ぶとんのある黒一色な掛布で被われている寝台が置かれている。
- そこには、何もしないことで重くなった手足の神が、横になっている。
- 彼のまわり、あちらこちらに、いろんな姿振りで、惑わす「夢想」が寝ころがっているが、そのたくさんなことといったら、まるで実った麦の穂が、森の木の枝か、海岸にある真砂の数ほどもあるのだ。
- 乙女がここへはいった次第、手で邪魔となっていた夢たちをはらいのけながた、神聖なる住居と神は、女神の衣の輝やきで照はえた。
- 〈眠り〉の神は、どろんと重たげな目を辛うじてあげ、何度も何度もうしろヘ倒れかかりながら、こくりこくりする顎を喉首のあたりにぶつけていたが、とうとう目をさますと、片肱をついて起きあがり、用むきをたずねた。
- 女神の姿に気づいたからだ。
- 女神はこう語りかけた。
-
「万物を憩わせる〈眠り〉よ、このうえなくおだやかな神よ、心の安らぎよ!
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あなたこそは、悩みを遠ざけ、苦しい仕事に疲れたからだを慰めて、つぎの仕事への備えをさせてくれるのです。
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それはそうと、うまくほん物を真似ることのできる夢の幻を、ヘラクレスにゆかりのトラキスまで寄越していただけませんか。
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難船したケユクス王の姿を借りて、アルキュオネに近づき、そのさまを写し出させてほしいのです。
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いっておきますが、これはユノーさまのご命令です。」
- ロ上をいい終えると、すぐに〈虹〉は立ち去った。
- これ以上、眠気を我慢することができなかったからだ。
- 〈眠り〉が手足に忍びこんで来るのがわかると、急いで逃げ出し、先ほど通って来た虹の橋で、引き返えした。