ヘロデ宮洗礼者ヨハネの斬首の詳細、左翼パネル内面
メムリンクは、左のシャッターの手前のシーンを拡大して、ヘロデの宮殿の中庭にいることを示しています。
メムリンクは左翼パネルの前景に《洗礼者ヨハネの斬首》の場面を位置づけて拡大することを選んだ。
私たちはヘロデの宮殿の中庭にいます。
砦の執行所が後方にある階段によって宮殿に繋がっている。
右には、最初の弟子のニ人であるアンデレと使徒ヨハネをも位置づけてやった。
洗礼者ヨハネの斬首の場面で、ファン・デル・ウェイデンからのメムリンクの影響、左翼パネル内面
死刑執行人は、ほとんど感動していないサロメが彼に差し出す大皿に頭をもたせかけながら、背後から描かれている。
美術史家たちは、死刑執行者とサロメの姿勢において、彼がブリュッセルでロヒール・ファン・デル・ウェイデンという画家のアシスタントだったころの先生の作品で見当たる似たような場面をメムリンクによるの再利用だと見っ分けている。
これはベルリン国立美術館の絵画館にある〜に描かれた《聖ヨハネの三連画》の左翼パネル内面にある(目録番号534B)。
中央パネルの詳細、洗礼者ヨハネの遺体の発掘と焼却の場面
マルコの語りは続く(マルコ、第6章・29節):
「ヨハネの弟子たちはこのことを聞き、やって来て、遺体を引き取り、墓に納めた」。
後者はヘロデ・アンティパスに支配されている領地から遠くある、ヨルダン川西岸地区でのセバステ、現代のセバスティアというエリシャとオバデヤ預言者たちのお墓の近くに持って行かれた。
中央パネルの左側では、右に、洗礼者ヨハネの後ろに、メムリンクが彼の伝説の最後の場面を表した。それは、キリスト教の信仰と戦ってヨハネが葬られたところに行われた奇跡を止めさせるために、背教者ユリアヌスが遺体を掘り起こし、焼いて、畑を散々に散らすよう命じたということだ。
壁の開口部の中の洗礼者ヨハネの頭、中央パネル
彼の頭は、伝説によると、現代のシリアでのホムス、当時エメサ市の陶工屋によって別に葬られたのであろうから、それは、遠ざけた石の後ろにある壁の開口部の中に。
しかし、思い通りになりませんでした。
伝説によると、頭が別にシリアにある現代のホムスのエメサ市のある製陶屋さんに埋められたのであろう。その後、星に追いかけながら発見した聖マルケッルス 注12 に顕現されたであろう(黄金伝説、第121章、第3段)。
これで黄金伝説においての洗礼者ヨハネの伝説の語りが終ります。